丸岡城

更新日:2018年12月7日

1576年に越前を治めていた織田信長の家臣、柴田勝家の甥・勝豊によって築城されました。江戸初期には将軍連枝が越前藩主に列されることが多く、その付家老の居城として使われることが多かったのですが、1624年に丸岡藩が越前藩より独立、そのまま明治を迎えます。

1871年の廃城令により天守以外が取り壊され、その天守も1948年の福井地震によって倒壊しましたが、1955年に元の木材を80%近く使用して再建されました。その天守は日本最古との説もあり、現存12天守の一つにも数えられています。

基本情報

読み方 まるおかじょう
別名 霞ヶ城
住所 福井県坂井市丸岡町霞町1-59
電話番号 0776-50-3152
公式サイト http://www.maruoka-kanko.org/
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 独立式望楼型 2重3階
築城主と築城年 柴田勝豊 1576年
主な城主 本多氏・有馬氏
廃城年 1871年
営業時間 8時30分~17時
定休日 無休
入場料 一般300円 小中学生150円
駐車場
アクセス 「丸岡城」バス停より徒歩すぐ

口コミと評判

20代男性

●●福井県にある丸岡城は安土桃山時代に、織田信長の家臣である柴田勝家の甥・柴田勝豊によって築城されたと言われているお城で、当時から現存する建造物として国の重要文化財に指定されている由緒あるお城です。天守閣は昭和23年の福井地震によって倒壊をしてしまいますが、昭和30年に倒壊材をそのままくみたてて復元。当時の姿をそのまま現在に残しています。黒塗り木材でつくられている天守閣は、2層3階のこじんまりとしたものですが、石垣の上に建つ姿はどっしりとしており、威風堂々とした威厳を感じます。この天守閣を建てる際に石垣がどうしても崩れてしまうという事で、城下に住む1人の女性が「1人息子を士分にとりたてる」という約束をし、自ら人柱になりました。石垣は無事に完成し天守閣も建造されましたが、お殿様の移封でその約束は実現せず、女性が怒って大蛇になって暴れたという悲しい伝説が残っています。現在も、天守閣の草刈り等を行う日が毎年雨に見舞われ、その女性の涙雨として地元の方々に語り継がれているそうです。

20代女性

●●実家が丸岡市にあります。窓から丸岡城が見えるほど近くに家があり、実家を離れた今、思えば贅沢なところに住んでいたなと思います。雪が降る季節には、雪化粧を施した天守を観ることができ、その美しさに感動しました。城の中は天守に向かう階段が急なので、小さい子やお年寄りの方には少々危なく大変かと思います。階段を使う際には補助として縄をたらしてあります。登り降り、特に降りにヒヤヒヤしますが天守から見る丸岡の街もいい眺めでした。現存木造天守を観に行くことはもちろん楽しみですが、割りと小規模なので周りを散策するのも面白いと思います。地元の方が散歩しているので、気を楽に一人で散策を楽しめます。散策していると本多作左衛門重次が妻に宛てた短い手紙にちなみ、地元の小学生が書いた手紙を貼り出している所があり、それを読むことも楽しみの一つです。また一筆啓上茶屋という丸岡の名物とそばを振舞うお店も近くにあり、お城を観て回った後の休憩もできます。

30代男性

●●仕事で福井県に暮らしていたころ、現存する木造天守閣を見ようと丸岡城を訪れました。丸岡城一帯は桜の名所となっており、春になると多くの人でにぎわいます。名城として知られる丸岡城ですが、大大名が居城としたわけではありません。江戸時代の丸岡藩主、本多氏も数万石の小大名でした。ただこの丸岡城と本多氏が今も知られているのは、城の価値もさることながら、藩主が書いた「一筆啓上」で始まる短い手紙が、「一筆啓上賞」として今に続いているからでもあります。かつての丸岡町が始めたこの賞は、市町村合併で坂井市となった後も続けられており、毎年多数の応募があります。丸岡には城以外にも歴史と文化を伝えるスポットがたくさんあり、町の散策もおすすめです。

30代女性

●●北陸旅行のついでに丸岡城へ立ち寄りました。訪れるまでそれほど城については興味がありませんでしたが、城を築く際に人柱になっている箇所があるとの言われを聞き、昔の人がどのような思いでこの城を造ったのかとても興味が沸いてきました。中は階段が続くところがあり、結構急な階段部分もありましたので、注意深く上り下りしたほうがいいのかなと感じました。展望できるスペースは木造の作りで結構しっかりとしておりました。外の眺めは抜群ですね。所々に鉄砲を打つための小窓がありました。小高いところに経っておりますので、この小窓から敵の様子を眺めていたと思うとかなり警備には力を入れていたのかな、と結構勉強になりました。城の付近は公園が広がっておりますので、城見物が終わったら付近を散策するのもいいですね。この時はとても気候が良かったので散策はとても気持ちが良かったです。

40代男性

●●丸岡城は福井県坂井市にあるお城で、日本最古の天守が残るお城といわれています。日本のお城はどこもかなりの大きさを誇りますが、この丸岡城はかなりこじんまりとした造りになっています。訪問した時の天気が雨だった事もあり、時代の侘び寂びを強く感じた覚えがあります。天守に上る階段はかなりの急勾配なので若い人にはいいですが、お年を召された方には少し辛いかもしれません。丸岡城には人柱伝説があり、その人柱になった方が大蛇となって暴れる為置かれるようになった慰霊碑も城内にあります。また、丸岡城には城の一大事には大蛇が現れて城を霧で隠してしまうという「霞ヶ城」という伝説もあり、大蛇にまつわる逸話の多いお城にもなります。春になると城内に植えてある桜が満開となり、お城全体を桜色で染め上げる絶景が見られるので、春の観光におすすめのお城です。

40代女性

●●丸岡城は国の重要文化財で日本百名城の1つだそうです。私は旅行のついでにたまたま行った丸岡城なのですがそのかわいさに一番好きなお城になりました。日本最古と言われる現存の木造のお城でとても小さなお城です。天守閣へと登る階段はとても狭く、とても急なものです。年配の方や足腰に不安のある方には少々キツイ階段かもしれません。天井から釣り下がる綱を頼りに天守閣へと上っていくのですが、いろいろなお城をまわった中で綱があるところはここだけかもしれません。この階段は上りよりも下りの方が怖く必死になって下りました。いつまでも忘れられないとても印象的な体験をしました。全国各地にたくさんのお城がありますがこんなに魅了されたお城は丸岡城だけかもしれません。福井へ行く機会があればもう一度行ってみたいお城です。高速を走っていると小さな山の上に立つ丸岡城見ることができます。

50代男性

●●募集中です!

50代女性

●●募集中です!

60代~男性

●●福井県の丸岡城はお城100選にも選ばれ、現存する天守閣では最古という説もあります。柴田勝豊によって築かれた城です。天守閣の規模は、大阪城や姫路城に比べて小さい印象です。天守閣に登る最後の階段は、階段と言うより梯子と言った感じで、登るために補助として、結び目をいくつも設けられたロープが垂らされているほどです。この印象は、長く忘れる事ができないほどです。また丸岡城には本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てた短い手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」の碑があります。これは簡潔な手紙文のお手本として伝えられていますが、昔は学校でも教えられていた様で、私の90歳を過ぎた母から、この話しをかつて聞いた記憶があり、丸岡城を訪れた時には、こうした母とかつてのやり取りが思い起こされ、何となく親しみも覚えたものです。

60代~女性

●●募集中です!

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