津和野城

更新日:2018年12月7日

1295年、蒙古襲来に備えて沿岸警備の為に地頭として赴任してきた吉見頼行によって津和野台地を見下ろす山上に築かれました。

当時は三本木城と呼ばれ、以後代々吉見氏の居城となりました。吉見氏は戦国期には勢力を増してきた毛利氏に従属し、関ヶ原の戦い以降領地が防長二州に減封された毛利氏に付き従い当地を後にしました。

その後に入城した坂崎盛直によって天守を築くなど大改修が行われましたが、坂崎氏は改易、以後明治までは亀井氏の居城となりました。天守は1683年に落雷により焼失し再建されることはなく、廃城令によって他の建物も取り除かれ山上には石垣を残すのみですが、街中には馬場先櫓と物見櫓が残っています。

基本情報

読み方 つわのじょう
別名 三本松城 石蕗城
住所 島根県鹿足郡津和野町後田
電話番号 0856-72-0650
公式サイト こちら
城郭構造 連郭式山城
天守構造 ×
築城主と築城年 吉見頼行 1295年
主な城主 吉見氏・坂崎氏・亀井氏
廃城年 1871年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 なし(リフトに乗る場合は一般450円)
駐車場
アクセス JR山口線津和野駅より徒歩50分

口コミと評判

20代男性

●●ご先祖様が、津和野藩で武士をやっていたという縁があり、登城する機会がありました。津和野城は、典型的な中世の山城構造を残す近世型の城で、なかなか複雑でした。津和野城は、津和野の町を囲む連山頂上に本丸の石垣が残っている状態です。山登りを楽しみたい方は徒歩のルート、少ししんどいなという方はリフトがあります。基本的には石垣のみが残っている状態なのですが、中世から残る堀切という遺構も残されています。この石垣ですが、山の下から見たときは意識していなかったのですが、近場でみるとかなりの威容を誇っています。残念ながら建物は残っていませんが、山頂に連綿と続く石垣のラインは、見ていて飽きることがありません。峰伝いに歩くと、中世本格的に使用されていた要塞に、徒歩で向かうことができます。中世の城遺構と近世の遺構が両方楽しめるというのは、なかなかお得な経験ですね。

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