高取城

更新日:2018年12月7日

1332年、南朝方の武将であった越智邦澄によって築城されました。江戸時代は高取藩の藩庁が置かれ、当時は曲輪が連格式に連なっていましたが明治に入り1873年には廃城になり、建物は払い下げられるか自然倒壊してしまいました。

日本最大規模の山城で、現在は石垣や堀、井戸などの遺稿があり、三大山城の一つに数えられています。

基本情報

読み方 たかとりじょう
別名 芙蓉城・鷹取城・高取山城
住所 奈良県高市郡高取町高取
電話番号 0744-52-1150
公式サイト こちら
城郭構造 連郭式山城
天守構造 ×
築城主と築城年 越智邦澄 1332年
主な城主 越智氏・筒井氏・本多氏・植村氏
廃城年 1873年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 無料
駐車場
アクセス 「壺阪寺前」バス停より徒歩50分

口コミと評判

20代男性

●●ただただ感動します。何度も何度も上って、そのすごさを味わい直したくなる不屈の山城です。この城は、周囲を山に囲まれている上に、山の頂上に本丸がある鉄壁の守りを誇る城で、残念ながら現在は石垣が残るのみです。寄せ手になったつもりで登ると、そこかしこに防衛のための工夫がちりばめられていることに気が付きます(もちろん解説もついています。)主に、城は2つの登山ルートからアプローチができるそうで、私は、基本的に砂防公園側からしか上ったことがありませんが、このルートこそがこの城を味えるルートであると思います。七曲りや、谷間に残る門や虎口のあと、道が途中で大きくカーブしており上ってくる相手を側面からたたくことができるようにもなっています。のぼりはじめて、30分ほどたつと、徐々に石垣が目に付くようになります。下の方の石垣は多くが崩れてしまっていますが、上に上っていくにしたがって徐々に保存度がよくなっています。ふもとの古墳跡の田んぼから掘り出されたという猿石を越えると、山頂では珍しい水堀あとがあり、その向こうに大きく美しい石垣が目の前に立ちふさがっており、そこを越えると本丸につながります。日本三大山城の名に恥じない石垣が、本当に山の頂上にそびえたつ姿は本当に感動的です。また、通いたくなる、城ファンなら絶対に行くべき城です。

20代女性

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30代男性

●●この城は、かつては難攻不落といわれた城で、日本三大山城のひとつとされています。今天守閣や櫓などが残っていないのが非常に残念ですが、それでも石垣や堀といった遺構は残っていますので、在りし日の面影を偲ぶことができます。この城のいいところは、もともとの城が高取山全体が城と言っても過言ではないくらい巨大なスケールの城だったので、その残骸である石垣などが山のあちこちにあるところです。もと城といっても今は小さな跡地があるだけといった場所と違い、この城は昔の遺構で満ち溢れています。ちょっと歩けば石垣にぶつかるといった感じで、それが高取城のよいところなのです。町から離れた山奥にあることが幸いして、この高取城は当時の遺構が荒らされることなくそっくりそのまま残っています。昔から連綿と続くありのままの城(遺構)が見たいなら、この高取城を見るべきでしょう。

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