安土城

更新日:2018年12月7日

1576年、織田信長によって築かれた最初の大規模近世城郭です。それまでの居城である岐阜よりも京都に近く、琵琶湖の水運も利用出来、北陸への向えるなど交通の要所でもあったことが理由とされています。

1582年に本能寺の変によって信長が倒れると、時を置かず天守は原因不明の焼失をしてしまいまい、1585年には廃城となります。

これまでに例を見ない壮大な造りでしたが、その姿を後世に伝える文献も少なく「幻の名城」と言われています。城跡は特別史跡に指定され石垣、大手石道、門跡などの遺構が残っています。

基本情報

読み方 あづちじょう
別名 ×
住所 滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
電話番号 0748-46-7201
公式サイト http://azuchi-museum.or.jp/
城郭構造 山城
天守構造 ×
築城主と築城年 織田信長 1576年
主な城主 織田氏・明智氏
廃城年 1585年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 一般500円 こども100円
駐車場
アクセス JR琵琶湖線安土駅より徒歩20分

口コミと評判

20代男性

●●私はたいへん歴史が好きなのですが、その中でも興味のあるのが織田信長という人です。そして織田信長によって建てられたお城がこちらの安土城であってとても有名です。残念ながら安土城は建築後の僅か数年で焼失してしまい、現在でも天守閣がないことが残念です。しかしながら、安土城というお城に興味があったのでかつて訪れてみたことがありますが、現地についてまず思うことはどうして織田信長はこの様なところにお城を建てたのだろうということです。それはどういうことかというと周囲には全くと言ってよいほど何もないのです。それもそのはずで織田信長の時代はこの安土城は沼地であったらしくて、かなり琵琶湖に近かったらしいのです。湖面に浮かぶお城の様なものであったのであろうと思われます。天守閣がないことは残念ですが、ここに訪れてもみて良かったと思っています。

20代女性

●●募集中です!

30代男性

●●安土城と言えば、あの織田信長が建てたお城です。泣く子も黙る織田信長ではありましたが、あの時代にはかなり珍しいお城を建てたらしいです。残念ながら、安土城は天守閣がありません。明智光秀の謀反によって、安土城は焼失されてしまい、現在も復元されていません。現地へは自動車を使っていくことになると思います。あまりアクセス面は良くないと思います。実際に現地に行ってみると、周囲は何もない場所でありどうして織田信長はこの様な場所にお城を建てたのであろうと思うかもしれません。ちなみに、琵琶湖がすぐ近くにあります。安土城の天守閣はありませんが、現地のすぐ近くに天守閣の一番上の部分だけを復元したものがあってそれを実際に見ることが出来ます。それを見ていると今まで自分が見てきたお城とは違うものであり、やはり織田信長は風雲児であったことが伺えます。

30代女性

●●琵琶湖の目の前に存在していたとされる幻の城、安土城。中山道などの交通手段の良さや、柴田勝家、羽柴秀吉、前田利家、丹波信秀、佐々成正などの信長の重心を城の周りに住まわせ戦の時の準備が清州城や岐阜城などよりも効率が良かったために、安土山に城を築いたとされていますが、城は金箔が施されたとても豪華絢爛の城だったとロイスフロイスが安土日記にいまでも残されています。私はここに四回もいきましたが城壁や、太鼓門や黒金門などの後を見ると他の城を圧倒するほどの気迫あふれる城跡であると思いました。行って損はしないと思います。天守閣跡から見る景色は琵琶湖を絶景出来るほどの美しい景色と田んぼなどに囲まれた静かな城下町です。また森蘭丸などの信長を最期の本能寺の変で命を懸けて戦った武将の墓なども城郭に残されています。色んな意味でとても奥の深い、城跡であり信長様が目の前に現れるかのような雰囲気も味わえます。城跡の周りには信長の館と言う資料館があり安土城の本物の大きさの模型が展示されています。とても豪華で信長の天下統一の意気込みをそして天下不布の証を感じてもらえると思います。ぜひ安土に足を運んでみてはいかかでしょうか?

40代男性

●●今はほとんど石垣しか残されていない「城跡」ですが、国の特別史跡(つまりは国宝)です。天主(安土城の場合は天"守"とは書かずに 天"主"です)や建物は残っておらず石垣ばかりの城跡なのに、かなり昔から特別史跡に指定されているということでも、ここの歴史的価値の高さがうかがえます。人気のある織田信長の最後の居城であることも、城マニア・歴史マニアのどちらにでも興味を持ってもらえる城郭だと思います。(結果的に最後の居城とはなりましたが、「本能寺の変」が起きなければ次は大坂城へ移る計画だった、という伝承が残るところも、歴史ファンは想像力をかきたてられます。)滋賀県による20年におよぶ発掘調査は終了しましたが、いまだ城跡の大半部分は未調査のまま残されている、ということも魅力です。調査で何もかもが判明し、時には現代的にリメーク(復元)されたりする遺跡も他にはたくさんありますが、この安土城跡はその対極にあります。発掘調査後には現状保持のために埋め戻し、なるべく元の姿のままで残されるよう配慮がなされています。だから自然な雰囲気が損なわれていません。そういう歴史ロマンがこの土の下にはいまだに埋もれ眠っている、という遺跡の魅力が、ここにはあります。安土城跡は歴史の勉強としてだけでなく、ハイキング・トレッキングコースのひとつとしても楽しめると思います。スギの木の香るなか、汗をかきながら山頂・天主台跡に立てば、琵琶湖のすばらしい眺望と自然の風が楽しめます。ぜひ天気のいい日に出掛けてみてください。(※もちろん自分で勝手に発掘したりしてはいけません。マナーは守って歴史財産としての城跡を後世まで大切にしましょう。)

40代女性

●●安土城を訪れたのは、ハイキングコースの一拠点としてでした。歴史にさほど詳しくはない私でも、安土城のいわれはわかります。それくらいに有名な城のひとつですが、実際訪れてみて、これほど石段を必死に昇っていく必要のある場所だということは知りませんでした。そして石段そのものに、恐れを知らぬ信長らしさがうかがえるのだということも。石段の材料には石でできた仏がたくさん使われていたのです。現代でもなお、足で踏みつける場所に仏を使うということには、敬虔さのない人間でもためらうことです。まさに破戒的としかいいようのない信長らしさといいましょうか、そういう感想を持ちました。そうしてなんとかたどり着いた頂上には石垣もほんのわずかで、華美を極めたという城の姿は当然のことながらまったくありません。ただ広く見渡せる安土の風土があるのみです。あらためて、栄枯必衰という言葉を胸に抱いたのでした。

50代男性

●●安土城と言えば、誰もが良く知るあの最強の戦国武将と言われる織田信長が建てた幻の城になります。残念ながら現在は天守閣がないお城となり、お城跡のみとなります。しかしながら、当時の織田信長の足跡をたどれる場所であり、彼がどの様に考えこのお城を建てたのかという考えに迫ることのできる場所であると思います。現在の私たちはお城は石垣の上に建てられるものであると認識していますが、実際のところ、石垣の上に天守閣を初めて建てたのがこの安土城であると言われています。それまではその様なことがなかったらしく、そんなところがまた織田信長の斬新なアイデアであったと思えます。石垣は当時のまま残っていますので、そのあたりを感じることができると思います。ちなみに天守閣の最上階部分のみ再現したものが近くの博物館に展示されております。

50代女性

●●募集中です!

60代~男性

●●織田信長という戦国武将は拠点となるお城を次々に変えていった人物ですが、その織田信長が作った集大成とも言えるお城が言わずと知れた安土城となります。この安土城は文献資料が乏しく詳しいことは分かっていないらしいですが、それまでのお城とは一変するものであったそうです。それは石垣の上に天守閣を建てるというものです。私たちはそれがお城というものであると認識していますが、当時はそうでもなく斬新的なものであったらしいです。それを考えると織田信長という人物はやはり面白い人物であったことが伺えます。残念ながらこの安土城は天守閣が再現されておらず城跡のみとなります。現地に実際に足を伸ばしてみるとほとんど何もないところといった印象がありますが、当時はたいへん栄えていたのであろうと思います。天守閣と琵琶湖の距離も現在とは違ってかなり近かったそうです。

60代~女性

●●募集中です!

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