金山城

更新日:2018年12月7日

1469年、新田庄を治めていた新田氏の一門・岩松家純によって築城されました。近隣の城同様、幾度かの変遷を経て最後は北条氏の拠点として豊臣秀吉の小田原征伐の際に攻撃を受け落城、廃城となりました。

動乱の中、激しい戦いにさらされましたが、川越城、忍城などとならび関東の7名城の一つに数えられました。本丸跡とされる場所には現在、新田神社があります。

基本情報

読み方 かなやまじょう
別名 新田金山城 太田金山城
住所 群馬県太田市金山町
電話番号 0276-20-7090
公式サイト こちら
城郭構造 連郭式山城
天守構造 ×
築城主と築城年 岩松家純 1469年
主な城主 岩松氏・由良氏・高山定重・宇津木氏久
廃城年 1590年
営業時間 9時~17時
定休日 月曜日(休日の場合は翌日)
入場料 無料
駐車場
アクセス 東武伊勢崎線太田駅から徒歩50分

口コミと評判

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●●金山城は、群馬県の太田市にあり日本100名城に数えられています。金山城の魅力は、大手虎口の石垣です。この石垣は当時のものを復元したものですがとても美しく思わず見惚れてしまいます。そして、本丸には新田神社があります。この新田神社には有名な新田義貞公が祀られています。金山城は、参道も整備されているのでとても歩きやすいと思います。金山城に行くなら、平日がオススメです。平日は人もまばらなので、ゆっくりとまわれるのでいいと思います。是非、大手虎口の石垣はカメラで写真に納めて欲しいなと思います。これだけの石垣を復元したものはなかなかないと思いますので大変貴重ですよ。金山城は、新田氏の一族であった岩松氏によって築城されました。その後小田原の北条氏の滅亡とともに、落城して後に金山城は廃城となりました。是非日本100名城に恥じない金山城を歩いてみてください。

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●●太田市にある金山城はとても独特なお城で、山全体が城であったと言われています。山城と言われるこの城は、山の急斜面などを利用して土や岩を積んだり、柵を築いて山全体を要塞化し、敵の侵入を阻止したのです。昔の人が、いかに城に攻め入られることを恐れていたかがよくわかります。建物などはすべて消失していましたが、現在は復元されています。この山城、見ていてワクワクするんですね。なんというのか敵の侵入を防ぐための工夫が至る所にされていたらしく、石積みで行き止まりになっていたり、迷路のごとく作られた道とか、電気もない時代に知恵を工夫で城を守っていた当時の人の気概を感じるのです。復元された石垣は非常に立派で、また建物も人の暮らしを感じさせる物です。この金山城は、通常のお城好きな人だけ出なくいろんな人をワクワクさせてくれる壮大な仕掛けのあるお城です。

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