水戸城

更新日:2018年12月7日

その始まりは1190~1198年の建久年間にさかのぼり、坂東(関東)地方に勢力をのばしていた平氏の子孫・馬場資幹によって築かれたもので、当時は「馬場城」と言われていました。その後、変遷を経て豊臣期にこの城を本拠に定めた佐竹義宣によって大改修が行われ、名前も「水戸城」へと改められました。

江戸期に入ると徳川御三家の一つ水戸徳川家の居城と定められましたが、天守を持たない城郭でした。幕末になると藩内で藩論の相違がエスカレートし、1868年に内紛がおき、城内の多くの建物が焼失してしまいました。

基本情報

読み方 みとじょう
別名 馬場城 水府城
住所 茨城県水戸市三の丸
電話番号 029-224-1111
公式サイト こちら
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 ×
築城主と築城年 馬場資幹 1190年~1198年
主な城主 大掾氏(馬場氏)・江戸氏・佐竹氏・徳川氏
廃城年 1871年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 無料
駐車場
アクセス 水戸駅北口から徒歩5分

口コミと評判

20代男性

●●募集中です!

20代女性

●●1609年徳川頼房が25万石で入城して以降、廃城まで水戸徳川家の居城となっていたことで有名な水戸城は私の好きなお城の一つです。当時の城主は天守を構えず櫓なども簡素な造りのようで素朴なお城で気に入っています。水戸城唯一の建築遺構である薬医門は指定文化財にもなっているということで実際に見てみると、どっしりと構えた大きな木造の門に迫力を感じさせられました。R常磐線水戸駅北口には水戸黄門と助さん格さんの像もあり、水戸黄門の聖地に来たんだなということを実感させられます。「義公生誕の地」という場所で徳川光圀が生まれたことは初めて知りました。現在は水戸黄門神社になっているそうで、こちらも水戸黄門好きなら絶対行くべきです。本丸跡は現在は水戸第一高校の敷地になっているようでしたが水戸黄門の痕跡をたくさん感じさせてくれるものばかりでした。

30代男性

●●募集中です!

30代女性

●●水戸駅の北側に史跡が点在しており、現在、旧本丸は県立水戸第一高校が建っています。また、薬医門(橋詰門)もそちらへ移されています。 敷地に入っても良いのかな?と一瞬戸惑いますが入口付近に「県立水戸一高関係者及び史跡見学者以外の方の通行はご遠慮ください」という看板が確認できるので、そのまま見学させていただきました。JR水郡線が再利用した堀などもあり少しだけですが水戸城の名残を垣間見ることができます。水戸城跡通りを歩いていて大手門の方へ向かうと水戸城跡説明板なども設置されており、重要文化財を眺めながら水戸城の長い歴史が勉強できると思います。 お城が見たい!お城の雰囲気を感じたい!という方には少々物足りないかもしれませんが、水戸駅からも近く、わかりやすい道筋なので時間があればぜひ立ち寄ってみることをおすすめします。

40代男性

●●当時付き合っていた彼女が茨城出身だったのでよく行きました。大学生の頃で、遊びに行くにもお金がないという理由もありました。しかし、実は私の苗字は「松平」で、東大に進学した親戚で一番の秀才によれば、徳川家康(幼名、松平竹千代)の子孫だそうです。実印などのいくつかを揃えれば役所で家系を調べることができ、2代目秀忠の時から将軍家から離れていった子孫だと判明したそうです。そのため、この水戸城も徳川と縁があることから親近感がわき、よく行きました。派手ではないですが、落ち着いた雰囲気が好きです。散策をしながら、お互いの近況を話すのが定番でした。その彼女とは結婚し、現在私の出身である大阪に住んでいます。結婚してから水戸城にはあまり行ってません。しかし子どもも大きくなってきたので、また水戸城に今度は家族全員で散策しに行こうと思います。

40代女性

●●梅の季節に行きました。水戸城址は小学校や高校の敷地となっているためにあまり見学する場所がありませんでした。二の丸資料館もありましたが、今回は見学しませんでした。水戸城は、姫路城や熊本城のお城見学を期待していくと、少し期待外れでした。しかし、弘道館まで足を延ばして見学に行ったのですが、ここは大当たりでした。『正庁』や『玄関』などの歴史ある建築物を見学することができ、とても満足しました。さらに、ここからバスに乗り、偕楽園にも足を延ばしました。意外と離れていてバスでもそれなりに時間がかかりましたが、ここも行ってみて大正解でした。庭園の梅が見事だったのはいうまでもありませんが、好文亭という建物の見学がとても面白かったです。江戸時代に作られた物を二階に上げるためのエレベータにはびっくりしました。また、偕楽園は庭園の作り自体が変化に富んでいて、散策しているだけでとても楽しかったです。水戸城の見学の際には、ぜひ、弘道館と偕楽園の見学もくみこまれることをおススメします。

50代男性

●●募集中です!

50代女性

●●募集中です!

60代~男性

●●募集中です!

60代~女性

●●江戸時代には、徳川御三家の一つの居城として名前の知れた城です。残念なことに本丸は現在は無く、三の丸の空堀に名残をとどめた程度になってしまいました。旧本丸、旧二の丸、旧三の丸はいずれも文教地区となっているため、現在では学校が建っているので、見学できる場所とできない場所があるので注意したほうがいいでしょう。また空堀だけでなく、薬医門1棟・藩校、土塁なども幸い残っていますので、往時を懐かしむこともできます。アクセスは常磐線水戸駅から10分弱ですので、文教地区の緑の中を歩きながら、まだ城や浄化が栄えていた頃を想像しつつ現地に向かうことが出来ます。城自体がなくなっているのは残念ですが、そこに生きた人々の息吹はいまもまだ、そちこちに残っているはずですので、散策しつつ感じてみるのもまた楽しいとも思えます。

ページの先頭へ