岡城

更新日:2018年12月7日

はじまりは緒方惟義が源義経を迎える為に1185年に築いたものだと伝えられています。1334年には志賀貞朝によって改修され「岡城」と呼ばれる様になりました。さらに1594年には移封されてきた中川秀成によって大規模な改修が行なわれました。

その後、江戸時代に入っても何度も改修、あるいは天災による被害の補修が繰り返されました。維新後、1871年には廃城となり、全ての建物は破却されて、現在の遺構は石垣のみです。

基本情報

読み方 おかじょう
別名 臥牛城 豊後竹田城
住所 大分県竹田市竹田提灯谷
電話番号 0974-63-4807
公式サイト こちら
城郭構造 梯郭式山城
天守構造 ×
築城主と築城年 緒方惟義 1185年
主な城主 志賀氏・中川氏
廃城年 1871年
営業時間 9時~17時
定休日 ×
入場料 一般300円 小中学生150円
駐車場 120台・無料
アクセス JR豊肥線豊後竹田駅から登山口まで車で5分
登山口から本丸跡まで徒歩20分

口コミと評判

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30代男性

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30代女性

●●地元が福岡県なので、家族で大分の方へドライブに行き、岡城址へ行ったことがあります。城門へ続く坂道の手前だったと思いますが、お土産物屋が何軒かあったので見て回り楽しんだ記憶があります。城の建物はなく石垣だけで子供のころは、「これはお城?」と不思議に思いました。母が滝廉太郎の『荒城の月』のモチーフになっている話しをしてくれ、その歌を口ずさんでいました。寂し気なメロディーに聞こえ、今でも部分的に覚えています。それから自分で車を運転するようになり、友人とドライブで岡城へ行こうとなり、女二人で出かけました。同じようにお土産物屋があり、お喋りしながら見て回り城内へ登って行きました。子供の頃の記憶にはありませんでしたが、結構な坂道に感じて登るのがきつかったです。そのときの季節は秋で、『荒城の月』の雰囲気にぴったりな感じでした。友人と歩いて回り、ここに何とかの建物があったとか想像してみて、山の上の城に住む妄想をしてみました。建物が無くなってしまったのは本当に残念ですが、子供の頃とは違い岡城の石垣の規模や立地など、人気の城のひとつなのが良く分かりました。

40代男性

●●大分県竹田市竹田提灯谷にある、岡城の感想です。音楽家で有名な滝廉太郎、荒城の月の舞台となった場所です。残念ながら現在は、建物で現存しているのは、石垣の跡だけとなります。名前のとおり、岡の上に位置し、天気が良い日は非常に見晴らしが良く、九重連山や祖母山、傾山や阿蘇山の山並みを見ることができます。竹田市は阿蘇や九重に囲まれた町で、非常に景観が良いです。周辺観光では、多くの鳥居がある、扇森稲荷神社がお勧めです。最寄り駅は、JR豊肥線の豊後竹田駅で、徒歩30分ほど。さらに駐車場からから本丸跡地まで30分ほど要します。車での来訪をお勧めします。駐車場は無料となっていますが、入場料は有料です。一般が300円で、小中学生が150円となっています。昔から何度か足を運んでいるのですが、昔は無料だったと記憶しています。いつから有料になったのでしょうか?

40代女性

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60代~男性

●●城の南北を大野川水系の2つの川に挟まれた『岡城』は、標高325メートルの台地上に築城された跡が残っています。難攻不落の最上といわれている城でした。そこには駆った栄えた建物は残っていません。『岡城址』と言われるのも、その為です。しかし山の自然の中にある為に春になると数多くの桜が咲き綻び、秋には紅葉も楽しめる為に大分県内をはじめ県外各地からも大勢の観光客が訪れる観光名所の1つです。また、ここでは瀧廉太郎が「荒城の月」を構想したとされる場所としても知られています。城自体が山の中の奥深くに造られた為に、そこから見た景色も美しく構想のヒントになった場所のひとつと言われています。それに因んだ記念碑も建てられています。「JR竹田駅」のホームでは特急電車が止まる度に『荒城の月』の音楽が流れてきます。また国道57号線沿い道路も車が通るたびに曲が流れてきます。

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