中村城

更新日:2018年12月7日

築城の詳細は不明ですが、応仁の乱の頃、一条教房が荘園のあったこの地に京の戦火を避け、臣従した豪族の為松氏が築城したと言われています。幾度かの攻防の後、江戸期に入り山内氏時代にも支城となっていましたが、1615年には一国一城令により廃城になりました。

城址の「為松公園」にはわずかに石垣や土塁、曲輪の遺構があり、現在、二の丸跡に模擬天守が建てられており、内部は「四万十市立郷土資料館」となっています。

基本情報

読み方 なかむらじょう
別名 為松城
住所 高知県四万十市中村2356
電話番号 0880-35-4096
公式サイト ×
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 不明
築城主と築城年 為松氏 不明
主な城主 為松氏・土佐一条氏・山内氏
廃城年 1615年
営業時間 8時30分~17時
定休日 12月31日と1月1日
入場料 一般310円 高校生150円 小中学生無料
駐車場
アクセス 自家用車もしくはタクシー

口コミと評判

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●●中村城は、城となっていますが、あまり城らしくありません。中は、博物館になっているし、あたりは、山上公園となっています。地元のハイキングコースという感じです。昔は、クジャクとか鹿とかいましたが、現在は、いなくなっているそうです。中村には、四万十川や沈下橋、トンボ博物館等が観光名所として有名であり、時間があれば訪れてもよさそうな場所です。中村市は、応仁の乱から逃げてきた中村城当主一条氏が、京都を真似て設計した街です。つまり、碁盤の目になっています。それを肉眼で確認できるスポットです。中村市には、この中村城をつくった一条氏にまつわるものが多く、一条通や一条さん(祭り)等があります。残念ながら、四国を制覇した長宗我部家により滅亡しましたが、一条氏に関わる名前が、色濃く残っています。

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●●中村城は、四万十市内、中村高校に近い小高い山の上にあります。中村高校の校歌にも「古城山緑ぞせまる」と歌われるくらい、中村城は四万十市(旧中村市)のシンボルです。しかし、中村城は、城とはなっていますが、今は城跡です。前関白の一条教房が入府するまで、豪族の為松氏が居城としていたと考えられることから、別名「為松城」とも言われています。徒歩でも、車でも登れますが、車はかなり細い道なので、徒歩をお勧めします。また、徒歩で行かれる場合は、石段とかも途中あるので必ず歩きやすい靴で行かれることをお勧めします。頂上には、犬山城を模倣した模擬天守があります。天守と言っても、中は資料館になっていて、四万十の自然に関するものや、この町の出身の幸徳秋水に関する資料などが多く展示されています。決して派手なみどころはないですが、山の上ににあるので眺望は素晴らしいです。

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