徳島城

更新日:2018年12月7日

1585年、豊臣秀吉の四国征伐後、その功により家臣の蜂須賀家正が阿波に入り築城が始まりました。その後、14代に亘り蜂須家の居城として城主が変わらないまま明治を迎えました。

明治に入り廃城令では在城処分となりましたが、1875年には鷲之門以外のすべての建築物が取り除かれました。その鷲之門も1945年には徳島大空襲で焼失してしまいましたが、1989年には復元され今日に至ります。

基本情報

読み方 とくしまじょう
別名 渭山城 渭津城
住所 徳島県徳島市徳島町城内
電話番号 088-656-2525
公式サイト こちら
城郭構造 梯郭式平山城
天守構造 東二の丸御三階櫓
築城主と築城年 蜂須賀家政 1585年
主な城主 蜂須賀氏
廃城年 1869年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 無料
駐車場
アクセス JR徳島駅から徒歩10分
「徳島公園鷲の門前」バス停より徒歩5分

口コミと評判

20代男性

●●現在、徳島城は当時の石垣が残されている状態ですが、城の敷地周辺は広大な公園となっており、公園を散策しながら城主蜂須賀家と阿波藩の歴史が伺えます。現在城跡は博物館となっており、蜂須賀家政の祖父で織田家臣であった蜂須賀小六から現在17代当主の蜂須賀正子氏に至るまでの歴史的に貴重な資料が多く展示されており、織田→豊臣→徳川と時代の権力者たちの下で出世していき、徳島城が築かれるまでの歴史や近現代における徳島の発展が、城の壮大さと共に歴史マニアや城マニアたちも頷くような景観や阿波藩、蜂須賀家、そこに住まう人々、現代の私たち等、視覚だけでなく5感全てに城が語りかけてくるような、いつまでも人々を見守っている、そう私は思はずには居られませんでした。

20代女性

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30代男性

●●徳島城は阿波藩・蜂須賀家の居城でありましたが、明治に廃城され、今は石垣と城門(鷲の門)だけが、往時の姿を偲ばせます。それ以外の城跡は徳島中央公園として整備され、今では市民の憩いの場として親しまれています。桜の名所として有名で、春になると県内外からの多くの人出で賑わいます。石垣の上に咲き乱れる桜を鷲の門から見上げる景観は、徳島に住む人々に愛されています。この城を経験するもっともオススメの方法は、「ひょうたん島クルーズ」と呼ばれる周遊船に乗ってみることです。徳島城は、助任川や福島川、新町川を外堀としているため、徳島城の外周をボートで一周することができるのです。水上から眺める石垣の連なりは、なかなかの風情があって、かつては立派な城が建っていたであろうことを想像させます。お殿様の舟遊び気分で遊覧してみるといいのではないでしょうか。

30代女性

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40代男性

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40代女性

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50代男性

●●ここは徳島駅のすぐ近くなので、何か無いかと思って出かけてみた。でも徳島城は天守閣が無くて城跡しか残っていません。それで城の石垣の上に登ってみて楽しむくらいしかすることがなかった。重厚な石垣なので、それは立派だとは思いましたが。他に見る物がないのなら、退屈かと思っていた。その時期は桜が咲いていたので、のんびり眺めながら散策していました。桜はきれいだったけど、見所になる物を見つけられずにいた。これなら失敗かな。その時、空を飛ぶサギを見かけた。川で良く見るサギが崖に向かっている。あれは何かと思ったら、サギが崖に巣を作っているのです。それも一羽だけじゃなく数十羽は居たか。それが代わる代わる飛んでいくのを見てしまう。あれは珍しかった。こんなところにたくさんいるなら、これを見所にすべきだ。私はそう直感した。ちょうど子育ての時期らしく忙しく飛んで行くと、また戻ってきている。空を飛ぶサギが見られるのはここくらいだ。サギを目玉にしたら人気が出そうです。しばらくそこで眺めてしまった。春だけかも知れませんが。

50代女性

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60代~男性

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60代~女性

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