長篠城

更新日:2018年12月7日

1508年、菅沼元成によって築城され、それ以後菅沼家の居城となりました。三河侵攻への要所でもあることから武田、徳川の攻防の最前線となり常に戦いにさらされていました。1575年には武田軍と織田・徳川連合軍における有名な長篠の戦いが繰り広げられ、その戦いで大きく損壊をうけ翌年には廃城となりました。

基本情報

読み方 ながしのじょう
別名 末広城 扇城
住所 愛知県新城市長篠字市場22-1
電話番号 0536-32-0162
公式サイト こちら
城郭構造 平城
天守構造 ×
築城主と築城年 菅沼元成 1508年
主な城主 菅沼氏・奥平氏
廃城年 1576年
営業時間 9時~17時
定休日 火曜日(休日の場合は次の平日が休館)
入場料 一般210円 小中学生100円
駐車場 あり・無料
アクセス JR東海飯田線長篠城駅から徒歩8分

口コミと評判

20代男性

●●長篠城は天守閣など城の建物はないのですが空堀や土塁などの遺構が色濃く残っている戦国ロマンが溢れる城です。特に城の南側は断崖絶壁になっており下には豊川が流れそれはまさに天然の要害となっています。その昔、戦国時代で当時敵方であった武田軍に包囲された時に岡崎城にいた織田、徳川に援軍を呼ぶ為足軽の鳥居強衛門が豊川の激流を下り武田の包囲網を掻い潜り見事援軍を呼ぶ事に成功した逸話がありそこから豊川を眺め戦国の乱世を感じました。他には敷地内にある長篠城址史跡保存館があり中には長篠の戦いに関連する資料や火縄銃の玉などが残っています。中でも一番印象的だったのが武将の甲冑があり気迫や不気味さ迫力など戦国時代の凄まじさが伝わってくるようでした。長篠城は城としてはあまり大きくはありませんが歴史が大転換したこの地は数多くの史跡が残り戦国時代を強く感じる事のできる城だと思いました。

20代女性

●●現在、建物は残っていませんが、城跡として綺麗に整備されています。お城では珍しいですが、御朱印帳を持っていくと無料で書いてくれたりもします。お城好きの方にはやはり人気があるのか、私が訪れた際も、あまりアクセスの良い場所ではないにも関わらず、何人かの観光客の方がいらっしゃいました。そして、史跡の入り口に長篠城址史跡保存館というものがあるのですが、これがまた、こぢんまりとしている割には見応えのある資料館です。火縄銃や当時の甲冑など、展示品に迫力がありました。中でも一番、血に染まった陣太鼓が印象的でした。資料館の展示では珍しい血塗れの生々しさに圧倒され、「死」が身近にある時代だということを実感させられました。同じく展示されている鳥居強右衛門関連の資料にも心うたれるものがありました。戦国時代の雰囲気を味わえる場所だと思います。

30代男性

●●長篠城は西側と南側を川で挟まれていて、天然の要塞となっているような城跡です。現在では、本丸付近の土塁や堀が残っているわけではありますが、大きさは結構なもので、当時の城の面影をにおわせてくれるようになっています。この城は、北側から攻め込みやすいようになっていますが、当時は大きな堀とかで防御を固めていたようであり、武田軍の猛攻に耐えきって武田軍を長篠合戦に引き込めるようになるまで耐え抜いた城であり、一筋縄では落ちないような堅さがあったものだと推測されます。 現在は城の縄張りに長篠城址史跡保存館が存在しており、当時の合戦死霊が同時に見れるようになっているので、長篠古戦場を味わうことができると思います。勿論すぐ近くには長篠古戦場が存在しますので、古戦場一帯を楽しむにもいい場所にあると思いますので、一度は寄ってみるといいと思います。

30代女性

●●募集中です!

40代男性

●●募集中です!

40代女性

●●長篠城は静かな山間にあります。城と言っても現在は天守閣などの建物はありません。木々におおわれた空間があり、一部は土で盛られた箇所、他の周りは草の生えた崖、その下には川が流れています。天然のお堀といったところでしょう。長篠の合戦では、武田軍の砦が、木々の間から見える山並にいくつもあったそうです。山の上から狙われていたことを考えると、当時の戦の緊張感が伝わり、感慨深いです。入口には、資料館があり、長篠の合戦で使用した火縄銃も展示してあります。私が印象に残ったのは、血の跡が付いた陣太鼓です。戦国の血なまぐささを思うと、身の毛がよだつ思いです。私は秋に行きましたが、緑、黄、赤の木の葉の色と、木々の隙間からさす日の光が哀愁深さを感じました。長篠城は、戦国の乱世を十分に感じることができるお城の一つではないでしょうか。

50代男性

●●日本100名城に選定されているといっても、天守閣や御殿どころか石垣があるわけでもなく、要は戦場の跡です。最初は周囲の山岳を背景に芝生が広がっているだけというような印象を受けました。多くの資料が展示されている史跡保存館もありますが、とくに当時の建築物を復元したものというわけではありませんので、城郭ファンにとっては特に面白みがある場所ではないかも知れません。しかし、周知の通り、長篠の戦いは戦国時代のクライマックスともいえる大きな戦いです。織田・徳川の連合軍による鉄砲の集団運用というのは、世界の戦争史から見ても画期的なものだったと聞くと、やはり特別な場所だという思いが強くなってきます。残されている内堀や土塁、また合流する2つの川が堀として巧みに利用されているのを見ると、長篠城が天然の要害であったことが容易に想像されます。城址横を走るJR飯田線も愛知県から静岡県北部を通り、長野県へと続いています。武田軍の進軍と敗走はこんな渓谷エリアを辿っていったのだなと思うと、感慨深いものがあります。

50代女性

●●募集中です!

60代~男性

●●募集中です!

60代~女性

●●募集中です!

ページの先頭へ