吉田城

更新日:2018年12月7日

1505年、今川氏親の命によって牧野古白が築城しました。以後、戦国の動乱期に東三河の重要拠点として西三河の松平、遠駿の今川、渥美の戸田三氏の争奪戦が繰り広げられ、やがては松平(後に徳川)の支配となり城代が置かれます。

江戸時代に入ると東海道の重要拠点として譜代大名が入れ替わり、明治以後、1873年には失火によりほとんどの建物を失いました。1954年には鉄櫓が模擬復元されています。

基本情報

読み方 よしだじょう
別名 吉祥郭 峯野城 歯雑城
住所 愛知県豊橋市今橋町3
電話番号 0532-51-2430
公式サイト こちら
城郭構造 半円郭式平城
天守構造 ×
築城主と築城年 牧野古白 1505年
主な城主 牧野氏・戸田氏・小原氏・酒井氏・池田氏・竹谷松平氏・深溝松平氏・沼津水野氏・山形水野氏・小笠原氏・久世氏・牧野氏・大河内松平氏・本庄松平氏・大河内松平氏
廃城年 1871年
営業時間 日曜日10時~15時
定休日 日曜日以外
入場料 無料
駐車場
アクセス 市電「市役所前」もしくは「豊橋公園前」より徒歩3分

口コミと評判

20代男性

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20代女性

●●隣の市に住んでいるため、ドライブがてら豊橋まで行った際に立ち寄りました。豊橋公園内にあり、三の丸会館や美術館などの施設と一緒になっています。天守閣はなく、こぢんまりとした鉄櫓が残っているだけですが、この鉄櫓の内部には吉田城本丸の模型などちょっとした展示品などが置かれていて、無料で入ることができるようになっています。公園のはしっこにぽつんと存在する鉄櫓ですが、入り口には案内のスタッフさんが数人いらっしゃって、とても親切にしてくれます。主人がお城好きであることを話すと、吉田城や関わりのあったお城についての歴史の話などを楽しく教えてくださいました。お城としての壮大さや見応えはないかもしれませんが、大好きな歴史について話ができて主人はとても満足そうにしていました。豊橋公園自体はとても広く、駐車場から結構距離があるので、お散歩がてらに良いかもしれません。

30代男性

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30代女性

●●今年の夏休み、幼稚園児の子どもを連れて母子旅行に出かけました。旧友が住んでいる愛知県豊橋市を生まれて初めて訪れ、何ともいいところだなあと感じ入りました。初めての豊橋、しかも子連れということで、友人は気を使って各所に案内をしてくれたのですが、非常に個性的な市電に乗ってやってきた豊橋公園はとても面白かったです。よく管理された、小奇麗な公園内に小さなお城が出現。これが吉田城、別名豊橋城である!と友人は言います。子どもが喜んだ『鉄櫓』の部分は戦後再建された復元であるといいますが、よく気をつけると強固な石垣がそこかしこに残っています。登ることができるのですが、上からの視点だと改めて、その高さ・急勾配がよくわかります。あとから訪れた豊橋市役所も、元来はその一角であったと知り、その広大な規模に驚きました。また、鉄櫓のすぐ裏手にある川を見下ろし、江戸時代当時の姿を思い浮かべると、何とも手堅い立地であったことがうかがわれました。公園内ののんびりした安らぐ雰囲気と合わせて、また友人と待ち合わせをしたい場所です。

40代男性

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50代男性

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