高島城

更新日:2018年12月7日

1592年、転封された諏訪氏に変わり旧高島城に入った日根野高吉によって新城として諏訪湖畔に築城されました。江戸時代に入り再び諏訪氏がこの地を領有することになりこの高島城を居城としますが、干拓により城の景観は徐々に変わってしまいました。

明治になると1875年には廃城となり建物は破却や移築がされてしまいますが、1970年には天守が復興、櫓や門、塀などが復元されました。

基本情報

読み方 たかしまじょう
別名 諏訪の浮城 島崎城
住所 長野県諏訪市高島1-20-1
電話番号 0266-53-1173
公式サイト http://takashimajyo.suwakanko.jp/
城郭構造 連郭式平城
天守構造 独立式望楼型3重5階
築城主と築城年 日根野高吉 1592年
主な城主 日根野氏・諏訪氏
廃城年 1875年
営業時間 4月~9月:9時~17時30分
10月~3月:9時~16時30分
定休日 12月26日~31日
入場料 一般300円 こども150円
駐車場
アクセス JR中央本線上諏訪駅諏訪湖口から徒歩10分

口コミと評判

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●●このお城は諏訪地域一帯を治めていた諏訪氏のお城です。お城の大きさや規模としては小さいですが、平台の土地柄、諏訪湖一帯が見渡せる眺望がすばらしいお城です。お城の中にも入ることができるので、お城の高い場所から格別な眺望を楽しむことができます。昔はこの城の場所も諏訪湖が広がっていたようで、水辺にそびえるお城だったようです。現在は諏訪湖も縮小して、大分距離はありますが。お城は規模が小さいですが、庭は現在は市民の憩いの場となっています。特に、花が多く春には藤の花、桜が咲き誇ります。桜見のシーズンはマナーを守って、シートを引いて桜実ができます。また、樹齢の古い立派な木もあります。お城だけでなく、自然を楽しみ場所でもあります。お堀が一部残っていますが、こちらには鯉や鳥が多く集まり、のんびりとした雰囲気を出しています。

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●●高島城は、諏訪市にある小さなお城です。諏訪の町の道路は、城下町だからか複雑なのですが、高島城はふいに目の前に現れる印象があります。天守閣がお堀に突き出すように築城されているせいかもしれません。この風情が、お城の外観と相まって、のんびりした印象を与えます。三階建ての天守閣は、石垣の上に木の質感を残した壁、そして屋根に近い部分が漆喰です。昔は、屋根もこけら葺きで木で葺かれていたといいます。この特徴的な外観の小ぶりな天守閣は、冠木橋のたもとから見るととても良いです。天守閣に登ると、ちょっと離れた諏訪湖を望むことができます。安土桃山時代の築城当時は、諏訪湖がもっと近かったため「浮城」と呼ばれ、湖と川、お堀によって守られた難攻不落の城と呼ばれたと聞きます。今は、そんな面影を感じることなく、市民の憩いの場の高島城公園となっています。

50代男性

●●高島城は日根野織部高吉によって戦国末期に築城されましたが、やはり諏訪のお城だけあって名門諏訪氏のことを思い浮かべてしまいます。信濃の国の一の宮諏訪大社の神官「大祝(おおほうり)」を長く代々務め平安時代に武人化した諏訪氏ですね。室町以来からこの地一体を支配しますが、諏訪頼重が武田信玄に攻めこまれ一旦は滅びます。その後、上社の大祝だった諏訪頼忠が再興しますが、家康の関東国替えによって関東に移されます。かわって諏訪の領主となったのが日根野高吉で高島城を創建します。ですから高島城主は初代・2代が日根野氏で、関ヶ原合戦後諏訪頼水(頼忠)が高島城主となり、以来明治維新まで代々諏訪氏が諏訪の地を支配します。歴史の移り変わりを感じさせてくれるお城です。

築城当時は諏訪湖の中にあったため”諏訪の浮城”といわれたそうです。葛飾北斎も高島城の浮世絵を2枚描いています。私は美術には疎いのですが、独特な美意識の北斎が興味を持ったのですから、さぞやすばらしい景観だったんじゃないでしょうか。現存の高島城は昭和45年に再建されたものです。3重の天守閣なので雄大という感じではありませんが、高めの石垣は安定感があって曲線が優美です。高島公園もあって市民に愛されているお城という印象です。

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