千早城

更新日:2018年12月7日

南北朝時代、後醍醐天皇(南朝)の功臣として有名な楠木正成が鎌倉幕府との戦いの為、赤坂城の詰めの城として1332年に築城されました。四方を絶壁に囲まれた要害で、巧みな戦術を用いて北条(鎌倉幕府)の大軍を翻弄しました。

正成の死後も楠一族により保持されていましたが、1392年には北朝方の畠山基国に破れ落城してしまい、現在は一部、空堀や曲輪を遺稿に残すのみとなっています。

基本情報

読み方 ちはやじょう
別名 楠木詰城 金剛山城 千早の詰め城 千早のかくれ城
住所 大阪府南河内郡千早赤阪村千早
電話番号 0721-72-1447
公式サイト こちら
城郭構造 連郭式山城
天守構造 ×
築城主と築城年 楠木正成 1332年
主な城主 楠木氏
廃城年 1392年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 ×
駐車場
アクセス 「金剛登山口」バス停より徒歩20分

口コミと評判

20代男性

●●楠木正成の像を一度生で見たいと千早城に訪れました。生で見た 楠木正成の像はとても迫力があり、美しく手入れされていることがわかりました。その像の完成度は日本が誇る芸術といっても差し支えないものだということを確信しました。また道中の徒歩も緑が綺麗で自然を感じながら散歩することが出来ました。少し距離はありましたが、それも苦にならないくらい軽い運動だという感覚で歩き終えることが出来ました。千早城は歴戦の武士がどうやって戦っていたのかということがよく分かる城でした。敵に攻められないようにする工夫が城の敷地に随所に感じられたのです。とても歴史の勉強になり、やはり城は実際に目でみないと何も分からないと実感させられました。

20代女性

●●大阪府の最高峰である金剛山の登山道の道中にあります。登山口から階段を15分前後登ったところにあります。少し勾配が高いので、年配の方にはしんどいかもしれません。しかし、登り切ると千早城跡があります。ここにあの楠木正成がいたのだと思うと、非常に感慨深くなります。小さなお茶屋さんがありますので、飲み物でも飲みながら物思いにふけってもいいかもしれません。金剛山自体頂上まで1時間半ほどで登ることができますので、千早城に行った際には、ぜひ金剛山まで登ってみてほしいです。正成も金剛山から大阪の景色を見渡していたのではないかと思うからです。千早城には、河内長野駅からバスに乗り、金剛山登山口から徒歩20分ほどになりますので、いい運動になるかと思います。大阪とは思えないほど静かでゆったりとした時間が流れいますので、おすすめです。

30代男性

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30代女性

●●よく地方から来た人たちに、「大阪にも村があるんだ!?」と驚かれる、千早赤阪村に有るのが千早城です。大阪の端のほう、奈良との境にある金剛山に位置します。お城…というと、大阪城とは比べ物になりませんが、有名な武将・楠木正成が拠点とし、敵方の北条軍と戦った歴史ある城です。遺されているお堀や塀の一部から、戦いの様子が垣間見れると、歴史好きの方たちに人気があるようですが、地元大阪府民としては、遠足の定番コースであったり、山歩きのついでに見られたりと、親しみのあるお城です。金剛山山中にあるので、最寄りの駅からは遠く、一番近いバス停からもかなりの距離があります。また山を登って行くので、足腰に不安のある方には少し辛いかも知れませんが、道なき道を行くような歩きにくい山では決してありません。自然に囲まれた城跡や名将・楠木正成の戦跡は、一見の価値ありです。

40代男性

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40代女性

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50代男性

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60代~男性

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