小谷城

更新日:2018年12月7日

戦国期に近江北部を治めていた戦国大名浅井氏の代々の居城です。その築城は浅井亮政の時代、1516年頃ではないかと言われています。多くの支城の守られた堅固な山城で織田信長も何度も攻めあぐねましたが1573年、ついに落城。

その後、小谷城近隣は信長により羽柴(後の豊臣)秀吉の所領とされましたが、1575年に長浜城が築城され、小谷城は廃城となりました。日本五大山城の一つで城址には土塁や曲輪、石垣が遺構として残っています。

基本情報

読み方 おだにじょう
別名 ×
住所 滋賀県長浜市湖北町伊部‎
電話番号 0749-78-8302
公式サイト こちら
城郭構造 梯郭式山城
天守構造 ×
築城主と築城年 浅井亮政 1516年
主な城主 浅井氏・羽柴秀吉
廃城年 1575年
営業時間 ×
定休日 ×
入場料 ×
駐車場 あり・無料
アクセス 「小谷城址口」バス停より徒歩すぐ

口コミと評判

20代男性

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20代女性

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30代男性

●●大学生のころにちょっとしたドライブついでによってきたところです。お城の途中まで行けるところがありますので、車でそこまで行ったのですが、お城の縄張りは結構広かったです。模造天守のようなものがありませんが、山の中にはいたるところにその昔お城の施設があったと感じさせるような跡が多くあり、廃城になってから長らく時間がたつというのによくいこうが残っているなというような感じでありました。城の範囲はかなりありますので、全部見るというのはちょっと難しいかもしれません。それだけ思ったよりも大きな山城ですので大変です。ですので、なるべく多くの施設を見たいというときにはハイキングをちょっと長い時間やるくらいに行くとちょうどいいかなと思います。後は、クマモデルという話もありますから、クマよけの鈴などは持っておくといいでしょう。

30代女性

●●最初は長浜市内観光をする予定で出発したのですが、連休の混雑で駐車場が空いてなく近くに何か観光できる所がないかと辿り着いたのが小谷城でした。小谷城戦国歴史資料館の前の無料駐車場を利用しました。そこから観光バスで番所まで向かうか、徒歩で行くかの選択でした。事前に調べず何の知識もなかったので、標高495mの小谷山なら歩けると無謀に思ってしまい、徒歩にしました。靴も服装も街へ行くような格好でした。駐車場の道を挟んだ向かいの山道を歩き、小谷城散策のメインでもある本丸へと向かいました。最初は日陰が続く道を歩き、久しぶりの山道で良い気分でした。20分程したら陰が少なくなってきて汗が出てくるし、本格的な登山でした。バスにしたら良かったと後悔するも、もう引き返せまさん。攻め落とすのには困難を極めた城というのは納得です。歩いて40分程したら林道が終わり番所跡で、バスの人もこここから徒歩でした。バスはガイド付きのようで、時々紛れて話を聞いていました。登山入り口に置いていた山道用の杖を持っていると「よく登ってきたね」と何度か話しかけられました。子連れでも歩いている人もいましたが、1/5程だと思います。小谷城の主要部への入り口から本丸に着き、一時間程の登山でした。こんな山道によくここにお城を建てれたなと感心です。今も石垣が残っていますが、面影は感じれませんでした。戦国時代に浅井長政と織田信長の戦いがここであったんだなと思いながら見ていました。帰りはバスで帰りたいと思ったのですが、バスの片道利用はできないと知りました。また一時間かけて山を降りないといけないショックが大きかったですが、徒歩で行くと色々な発見もあるし良い思い出になったと思います。琵琶湖の竹生島も見れて景色は絶景でした。

40代男性

●●小谷城といえば、織田信長と浅井長政の攻防があった場所です。戦国時代が好きな方なら、さまざまな想像を膨らませることができるでしょう。ここで信長が、秀吉が、長政が戦いをくりひろげたのか。浅井三姉妹はこの山をどんな思いで降りたのだろうかなど、考えるとわくわくします。ただ、現在の小谷城は城跡であって建物自体が存在するわけではなく、言ってみれば普通の山です。お城の見学というよりも山登りをしてる感覚で、ところどころにかつての石積が見受けられるのみです。そんなのつまらないなという方にはおすすめできないですが、山から望む琵琶湖の景色や街並みを見て、長政や浅井三姉妹の気持ちを想像したり、感情移入できるかたならそれなりに楽しめる場所です。おそらくいつも空いている駐車場っぽい広場に車を止めてのんびり山登りをするのもいいと思います。

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